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自省

 今年はいじめに関する報道が吹き荒れたが、その内容はお粗末で無責任なものが目立っていた。愚かしい学校責任論はもちろんだが、自殺自殺と大騒ぎして「次の犠牲者」を期待するかのような報道ぶりには人間味のかけらも感じられなかった。

 このことについて、12月25日付の毎日新聞で「メディアの役割とは」と題して一連の報道への評価等を精神科医に問う、という記事が掲載された。内容としてはツッコミが控えめで物足りない感じではあるが、こういう記事を掲載するのはよいことだ。

 記事には、自殺予防のためのWHOのガイドラインが掲載されていたが、それを見事に無視していたメディア自らがガイドラインを掲載したことはそれなりの意味があるだろう(ガイドライン自体はいじめ報道が過熱していた時期にどこかのサイトで見たことがあったので、今さら、という気もしないでもないが)。

 なにしろガイドラインの「してはならないこと」に列挙されている、

  遺書の写真を掲載する
  自殺方法を詳しく報道する
  単純化した原因を報道する
  自殺を美化したりセンセーショナルに報道する

 というこれらの行為をしなかったマスコミなど日本に存在しないからだ。せっかくガイドラインを掲載しながら、そのことまできっちり言及して反省できれば毎日新聞も捨てたもんじゃないのだが、さすがにそこまでしていなかった。まぁ、ガイドラインを見れば報道に問題があったことは一目瞭然ではあるのだが。

 こういうメディアの反省がポーズだけのガス抜きにとどまらず、今後に生かされて欲しい。そんなことを思っていたら、いじめ報道に配慮を求める声に対する日経論説委員のコメントを見つけてしまった。

「(報道の)自主性は譲れない。行政は事実を二転三転させたり打ち消すこともある。我々の立場は事実究明だ」

 実に日経らしいコメントだ。彼らの自主性には自主規制は含まれないのだろう。
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シビれる

 タウンミーティングの費用問題。以前述べたとおり、イベント活動費として内閣府が支出した費用が高額か否かは判断が難しいところだが、とりあえずタウンミーティングを運営した請負会社は電通と朝日広告社ということが判明した。

 正義の味方朝日新聞は、12月14日のタウンミーティング問題の記事において、朝日新聞と朝日広告社が関連会社であることをちゃんと説明している。さすが漢(おとこ)である。記事の末尾、最後の2行だけでサラリと説明する奥ゆかしさには朝日ファンとしてシビれまくりである。まだ見ていない人は虫眼鏡片手に探してみよう。

 記事には、朝日お得意の「関係者」証言として、「広告会社の関係者」が登場するが、そりゃ御社の新聞記者様でございますか?とのツッコミもきっと計算のうちに違いない。見出しには堂々、

 請負会社「非常識な契約」

 と銘打ち、上記関係者の証言として「そもそも発注の仕様書が実態に即してなく無理があった」、「民間の常識と違う」と広告会社擁護200%の展開。さらに朝日広告社のコメントとして「営業経費を差し引くとほとんど利益はない」と続く。そして、散々広告会社を擁護しておいて、最後の2行で、

 朝日広告社は朝日新聞の関連会社

 である。いやはや、発注の仕様書が悪ければ法外な金額を要求した側は何も悪くないらしい。悪いのは全部政府で広告会社は一切、税金を食い物にしてないそうだ。あまりのご都合主義に頭がクラクラしてくる。仕方のないことなのだが、やっぱり呆れてしまう。

モッタイナイ

 赤坂にできた衆院議員新宿舎。家賃が9万2千円で約40万円の相場から見て安いと批判されている。日ごろ公務員叩きで点数稼ぎをしている議員の先生方には、「人を呪わば穴2つ」とでも言っておきたいところだ。厚遇、コーグウと叫んでいるからわが身にもかえってくる。さすが国民の代表は身をもって因果応報のことわりを表現している

 しかし、この宿舎、もう建ってしまったのだから、入居者が減れば減るほど無駄な建物になることだろう。せっかくの投資なのだから衆院議員は大いに入居すべきである。誰が入るか監視しろ、と言う短慮な方は、誰にも入居させずに民間に売却でもしろ、と言うのだろうか。国家公務員宿舎の売却と同じで、一部の不動産業者が潤うだけである。

 宿舎を建設したことが問題なら、赤坂議員宿舎整備事業を推し進めた経緯を検証し、当時の責任者を追及するべきであって、国会議員に入居しないようプレッシャーをかける行為はひがみ根性丸出しと言われても仕方のないものだ。実際、間取りがどうとか駅からの距離がどうとか言って、駅からキャスターを歩かせていた報道番組などは最低である。報道番組と冠していながらやっていることは低俗なワイドショーと同じである。

 本質的な議論を一切避け、「皆さん国会議員がいい生活しますよ~」とただ煽るだけの報道に、報道としての価値はない。国会議員を擁護したくはないが、国民の代表をそこまで貶めてどうするのか。妬みを引き出してニヤニヤ笑っているかのような真剣味のない報道には寒気を覚える。

 今時、豪華な宿舎かよ...、と私も感じているが、建てたからには有効に使ってほしい。ちゃんと使えば目的どおり、都心の住居確保に苦心することなく職務に専念できるだろう。国会議員には宿舎を有効に活用し、公務員に批判の矛先を向けるようなせせこましい仕事はやめて、国民の代表にふさわしい立法府の名に恥じない仕事をしてほしい、と思う。

考えられないのだ!と言われても...

 たまには産経新聞を取り上げてみる。いい記事を載せることもある産経だが、他新聞同様、公務員は大嫌いである(え、赤○は違う?新聞と政党機関紙は別物と考えますw)。

 さて今回読んでみたのは、先月の産経コラム「けいざい独り言 やっぱり油断がならぬ公務員」。賢明な方はこの扇情的なタイトルでトホホ感を感じ取ってもらえただろう。今日のエントリのサブタイトルは「こんなコラムでも給料もらえます。産経論説委員」である。で、内容としては地方公務員叩きだが、最近では珍しく現業部門に矛先を向けている。

 記事によると、現業部門は不合理な手当てを除いても国家公務員より給与が2割も多いのだとか(国家公務員といっても日本のそれは世界最低クラスであるが)。そして、一昨年から是正の動きがあるにもかかわらず、財務省調査によると給与水準は下がっていなかったそうだ。財務省調査と言うと例の21%のことがあるので信用度はイマイチだが、まぁ、ここまではよい。

 問題は、給与水準が下がっていない理由を述べた文言なのだが以下のとおりである。
住民への行政サービスを削ったとしか考えられないのだ。住民を犠牲にして自分たちの法外な高給与を維持するとは、何たる了見か。もちろん、こうしたごまかしは現業部門にとどまらない。」

 この方、頭のほうは大丈夫であろうか。どの部門のサービスが以前に比較してどの程度削られたのだろう。削ったとしか考えられないのだ!と言われても...。削ったのは取材や調査にかける労力でしょうが。何たる了見か、という言葉に対しては、恥を知りなさい、と返答するのが妥当なところだろう。そして、あぁ、やはり公務員大嫌い産経新聞。ただの言いがかりを現業部門のみならず、一般の地方公務員にまで向けている。国家公務員じゃなくてよかった。

 思い込みでケチをつけられた地方公務員の皆様に代わって、などと言うとおこがましいが、引用した文面を使って論説委員へのコメントを書いてみる。
「取材を削ったとしか考えられないのだ。読者を犠牲にして自分たちの法外な高給与を維持するとは、何たる了見か。もちろん、こうしたごまかしはこのコラムにとどまらない」

 批判される材料はたしかにある。だが、それは言いがかりを正当化することにはならない。そして、言いがかりを「独り言」などと銘打って世の中に垂れ流す行為は、まさしく公務員への社会的差別を助長する行為である。それがどれだけ現場を停滞させ、結果的に国民に迷惑を与えるか、少しは考えてほしいものだ。

繰り返される一般化

 先月ホットな話題として当ブログでも活躍した、人事院調査による退職金の官民逆格差。来年あたり人事院が白旗を振るんじゃないかと思っている。そうでないならば、あまりにも馬鹿な反論には文句のひとつでも言ってほしいものだ。

 おかげで日経なんかはあいかわらず、「調査は職域加算から公務員の本人負担掛金に見合う分が除かれている」などとほざいている(民間拠出分も本人負担分を除いて計算している。人事院もそこまで落ちぶれてはいない)。

 これらの反論のうち、何度見ても腹が立つのはやはり、「独立行政法人などに天下った元公務員が天下り先でもらう退職金を考慮していない」というものだ。この反論には誤った公務員批判のエッセンスがつまっている。

 すなわち、97万いる国家公務員のうち、独立行政法人の理事などに天下ることのできる高級官僚などを「公務員一般」と定義する歪んだ一般化。天下りという言葉自体が曖昧でイメージ先行の造語なので、具体的な数を示さずして非難できる、抽象的な批判内容

 普通に退職し、非常勤職員として日給いくらかで働く公務員OBもいるというのに(それも優遇だ、と言われるならもう何も言えない)、天下りを繰り返すことのできるほど権力のある人を基準にして全体を悪者にしている。

 おかげで公務員は皆エリート官僚というイメージでも広がっているだろうか、私のようなはみ出し者さえも「あんたのような挫折を知らないエリートは...」などと法を守らない悪質な民間人にからまれることもある(挫折を知らないエリートはあなたごときにからまれる最前線に立ってません、と言いたいw)。

 今後も同じことが繰り返されるだろうが、仮にも新聞が具体的なデータに依らずイメージで非難中傷を平然と行ってしまうところに病巣の深さを感じずにいられない。

攻撃か、救済か

 先日、児童虐待に絡み児童相談所叩きをする新聞記事を見かけたが、記事の最後のほうに載っていたNPO法人のコメントが印象的だった。「里親や子供の受け皿となる制度を充実させ、生みの親が立派に育てなくてはいけない、という発想を変える必要があるかもしれない」、というものだった。

 以前にも述べたが、児童虐待には虐待事実の確認の難しさはもちろんのこと、親子分離を行った後の問題があると思う。親子を引き剥がせばエンディングロールが流れて終わり、というのは短絡的かつ現実味のない考えだ。その意味で、記事の末尾に地味に語られていたコメントには、現場で虐待の問題に対面している人間の切実な思いが表れている、と感じた。

 もちろん、親が子を立派に育て上げるという考え方を改めれば、無責任な親の増加が危惧されることだろう。そこで、これまで培われた伝統的な考え方と、「そうは言っても子供の命を守らなければ」という考え方の対立が生まれる。どちらが世論として支持されるかはわからないが、それは問題を投げかけないと始まらない。

 また、里親制度と言っても子供を育てるのはお金がかかるのだから補助が必要だ。そうなると公金を騙し取ろうとする人間も出てくるだろう。制度を悪用して子供を産み捨てるような輩も必ずでる。その一方で迅速な親子分離と里親斡旋で救われる子供も出てくるだろう。よい面も悪い面も含めて、選択しなくてはいけない。

 こういうことを論議し、世論を盛りたてることこそ、親に殺されるという悲惨な最期を遂げる子供を減らすことになると思う。児童相談所が、民生委員が、といつまでも悪者探しをする行為と、これまで述べたことを社会的な課題として討議することのどちらがよりよいことだろうか。悪者をでっちあげて攻撃するという行為は、問題解決から遠のくばかりで真に嫌悪すべきことなのである。

ひとつの例

 やらせで問題となったタウンミーティングの運営に、内閣府が大手広告代理店に多額の日当を払っていたそうだ。イベントというかプロモーション活動を一般人の給料と同じ感覚で計ることができるのか疑問だが、過大な出費をホイホイ行ったというなら内閣府は厳しく批判されるべきである。

 この出費の是非を追求するなら日当を受け取った側に尋ねることも取材としてありだと思うのだが、大手広告代理店のコメントというものが今のところ見当たらない。また、過大な日当を請求し受け取るほうも悪い、という話もネット以外では今ひとつ聞こえてこない。それは、この大手広告代理店が電通だという事と無関係ではないだろう。

 公費の無駄遣いは許されないと叫びつつ電通は追求しない。客は叩けない。それがいけない、と言うわけではない。商売なのだからしょうがない。ただ、情報の受け手としては、この件が示すとおり、マスコミとは社会に警鐘を鳴らす庶民の味方ではなく、単なる広告・宣伝媒体であるということを忘れてはいけないと思う。

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Author:Hamras
職業 国家公務員(ノンキャリア)

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